私は、21世紀は「新たな大航海時代」だと考えています。
BRICSなど新興国の台頭により東西冷戦の構造は形を変えるとともに、世界は東西南北からなる多極化の時代に突入しています。
21世紀の世界・地球社会はどこに向かうのか、そして、この時代に日本政治の舵をどの方向に切るか。
これが現世代と将来世代の生活や暮らし、国際関係や世界秩序、さらには日本の文化・伝統の存続可能性にまで影響する大きな問い(Big Question)ではないでしょうか。
今世紀は、気候変動など人類が地球環境を改変するほどの力をもつようになった人新世(Anthropocene)の時代、また、地球環境制約ゆえに宇宙空間まで含めて有限な資源を競う時代です。
将来世代が待つ「港」に向けて、日本国がどのように「航海」していくかが、今、問われています。
大航海時代(15~17世紀)

大航海時代は、15世紀半ばから17世紀半ばにかけて、ヨーロッパ人がアフリカ、アジア、アメリカ大陸へ大規模な航海を行った時代です。主にポルトガルとスペインが中心となり、香辛料を求める需要や、羅針盤や快速帆船などの航海術の発展が背景にあります。
大航海時代がもたらしたもの
- 経済発展
新航路の開拓や植民地の獲得により、世界的な貿易が拡大しました。 - 社会・文化への影響
その一方で、征服された地域では、従来の社会構造が大きな打撃を受け、文化や伝統が脅かされる結果となりました。 - 現代への影響
この時代の出来事は、現代の国際関係や経済格差にも影響を与えています。
このように、15~17世紀の大航海時代には光と影があります。
新しい技術や航路の開発で香辛料などの交易が拡大する一方、その後の欧米列強による植民地時代の幕開けにもつながりました。18~20世紀の世界各地の植民地化は日本を含むアジア、アフリカ、ひいては世界全体に戦争や紛争の火種を生みました。まさしく、世界史が大きく書き換えられる時代でした。
そのような時、1853年(嘉永6年)7月8日、突如として近代的な艦船である「黒船」が浦賀にあらわれました。「ペリーの黒船来航」です。その翌年、1854年3月8日に、庶民が暮らす漁村であった横浜の浜辺で日米和親条約が結ばれました。現在の開港広場の浜辺にペリーが降り立った瞬間、日本の歴史が大きく動き出しました。
ついに、約260年続いた江戸時代の鎖国の重い扉が開かれ、明治の世が広がっていくのです。明治の世とは、まさしく日本社会の近代化の歴史。そこにも、やはり光と影がありました。
19世紀の日本~明治時代の光と影
ペリーの黒船来航
- 来航の衝撃
1853年、アメリカのペリー提督が黒船4隻で浦賀に来航し、日本に開国を迫る。蒸気船の登場に日本中が騒然。 - 条約の締結
1854年、幕府は横浜で日米和親条約を結び、下田と函館を開港。鎖国体制が大きく揺らぎ始める。 - アメリカの狙い
捕鯨船の補給や太平洋航路の中継地として、日本を利用することが目的だった。
明治の近代化がもたらしたもの
- 文明開化:西洋文化の導入と生活の変化
明治時代、日本は西洋文化を積極的に取り入れた。洋服や洋食、瓦斯(ガス)灯、鉄道などが都市に広がり、人々の暮らしが大きく変化。1872年には学制が公布され、近代的な教育制度が始まった。 - 殖産興業:産業の発展とインフラ整備
政府は経済発展のために官営工場を設立し、鉄道や電信などのインフラを整備。外国人技師を招いて技術を導入し、日本独自の産業を育成した。 - 富国強兵:国を豊かにし、軍を強くする政策
徴兵令によって国民皆兵を進め、地租改正で安定した財源を確保。教育の普及とともに、強い国家を目指した。しかし、明治時代は戦争の絶えない時代でもあった。
現代
時は移り変わり、私たちの生きる21世紀の日本は今、岐路に立たされています。それは、1945年以降の「戦後80年の平和」を遠い未来にまでつないでいけるかどうかの選択です。戦争の絶えない明治から昭和の時代に回帰するのか、それとも、戦前回帰はせず民主的な平和国家としての歩みを貫くのかが問われております。
